語るなり〜

洋楽の対訳とオタク解釈の炸裂

The 1975(NOACF)の和訳と解釈

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 初の投稿となります。どうも、あぽろです。このブログ最初の記事となるのでやや緊張しています。何事も始めが肝心です。何を扱うか非常に迷いました。そして迷いに迷った結果、「書きたいものを好きなだけ書けばいいんじゃない?」という結論にたどり着きました。確かに人のウケを狙って自分の好きでもないものを語ることはできません。できるかもしれませんが、それは偽りの言葉です。偽りを語る必要はない。上手い文章でなくてもいいから、自分の伝えたいことを率直な言葉で表現したいと思います。

 

 このブログは、管理人あぽろが大好きな洋楽を対訳し勝手に解釈するというものです。「対訳なんかきちんとできんのかい」という声が聞こえますが、それは僕も正直不安です。だから、あまりにも目に余る間違いをしていたらご指摘ください。ブログの進行としては、まずは曲の対訳、次に曲の説明、最後に解釈という感じにしたいと思います。如何せん手探りなので、途中でコロコロ変わるかもしれませんがお付き合いください。

 

 記念すべき最初の曲はThe 1975の「The 1975(NOACF)」という曲です。「The 1975ってどんなバンド?」といった質問に優しく答えを返そうとは思いません。今の時代、ググれば僕よりも優れた説明がたくさん出てくるからです。なので、バンドの説明はそっちに任せます。

 

 さて、今回扱うこの楽曲は、バンドが今年の5月22日にリリースしたアルバム「Notes On a Conditional Form」の導入の曲です。これまでのアルバムにおいても、彼らは序曲でアルバムのもつ雰囲気を表現してきました。今作では、環境活動家のグレタ・トゥーンベリによるスポークン・ワードをフィーチャーしています。実際に、ストックホルムまで行き彼女の声を録音したものだそうです。まずは、聴いてみましょう。

youtu.be

We are right now the beginning of a climate and ecological crisis

And we need to call it what it is 

An emergency

We must acknowledge that we do not have the situation under control

And that we don’t have all the solutions yet

Unless those solutions mean that we simply stop doing certain things

We must admit that we are losing this battle

We have to acknowledge that the older generations have failed

All political movements in their present form have failed

But Homo sapiens have not yet failed

Yes, we are failing, but there is still time to turn everything around

We can still fix this

We still have everything in our own hands

But unless we recognize the overall failures of our current systems

We most probably don’t stand a chance

 

私たちはまさに今、気候と環境の危機に瀕している。そして、私たちはそれを「緊急事態」と呼ぶべきだ。私たちはこの事態を制御できないということを認める必要がある。そして、ある種の事柄を単に止めればいいということを示唆する解決策を除いて、私たちは解決策を全く持っていない。この戦いに負けていることを認めなければいけない。過去の世代が失敗したことを受け入れなければいけない。現在の全ての政治的動きが失敗している。しかし、ホモ・サピエンス(「人類」)はまだ失敗していない。ええ、私たちは失敗し続けている、しかしまだ全てを巻き返す時間がある。まだ修正ができる。すべては私たち自身の手中にある。しかし、私たちが現在のシステムの全体的な欠陥を認識しなければ、多分にチャンスに立ち上がることはできない。

 

We are facing a disaster of unspoken sufferings for enormous amounts of people

And now is not time for speaking politely or focusing on what we can or cannot say

Now is the time to speak clearly

Solving the climate crisis is the greatest and most complex challenge that Homo sapiens have ever faced

The main solution, however, is so simple that even a small child can understand it

We have to stop our emissions or greenhouse gases

And either we do that, or we don’t

You say that nothing in life is black or white

But that is a lie, a very dangerous lie

Either we prevent a 1.5 degree of warming, or we don’t

Either we avoid setting off that irreversible chain reaction beyond human control, or we don’t

Either we chose to go on as our civilization, or we don’t

That is as black or white as it gets

Because there are no grey areas when it comes to survival

 

私たちは多くの人の言葉にできないような苦しみの災厄に向き合い続けている。今は言葉を選ぶ時ではないし、できるかできないかを言う時でもない。はっきり言う時である。気候の危機を解決することは重要であり、人類が直面してきた中で最も複雑な困難だ。しかし、主な解決策は小さな子供でさえ理解できてしまうくらいに単純なことである。排気と温室効果ガスの排出を止めることだ。私たちがそれをやるか、やらないか。あなたは人生において白黒つけられる問題などないと言うかもしれない。しかし、それは嘘だ、危険な嘘である。1.5度の温度の上昇を避けるか、避けないか。人間の制御できない不可逆的連鎖反応を行うか、行わないか。文明として歩み続けることを選ぶか、選ばないか。それは、白黒つけることと同様だ。なぜなら、生きるか死ぬかとなった時、グレーな部分などないからだ。

 

Now, we all have a choice

We can create transformational action that will safeguard the living conditions for future generations 

Or we can continue with our business as usual and fail

That is up to you and me

And, yes, we need a system change rather than individual change

But you cannot have one without the other 

If you look through history

All the big changes in society have been started by people at the grassroots level

People like you and me

So, I ask you to please wake up and make the changes required possible

To do your best is no longer good enough

We must all do the seemingly impossible 

Today, we use about 100 million barrels of oil every single day

There are no politics to change that

There are no rules to keep that oil in the ground

So, we can no longer save the world by playing by the rules

Because the rules have to be changed

Everything needs to change, and it has to start today

So, everyone out there, it is now time for civil disobedience

It is time to rebel

 

私たちは皆、選択肢を持っている。未来の世代の生活を守れる変革的行動を生み出せる。さもなければ、私たちは経済活動をこれまで通り続け、そして失敗する。それは、あなたと私次第。確かに、私たちには個々の変革よりもシステムの変革が求められている。しかし、それも個々の変革があってのことだ。歴史を遡れば、社会における全ての大規模な変革は、あなたや私のような草の根レヴェルの人々によって始まっている。だから、目を覚まして、必要な変革を可能なものにしてほしい。あなたがベストを尽くすというだけではもう十分ではない。私たちは皆、不可能に思えることを為さなければいけない。今日、約100億バレルの石油が1日に使われている。それを変えようとする政治活動はない。地下の石油を維持するルールもない。だから、そのルールに則って世界を救うことはできない。なぜなら、ルールは変えられなければいけない。全てを変える必要がある。そして、それを今から始めなければいけない。だから、世界中の人々へ、市民的不服従の時だ。さあ、反逆を始めよう。

 

 

 

曲の説明

 「これ説明する必要あるかな?」と思ったんですが、一応段取りを踏むことは大切だと思うので解説したいと思います。この楽曲が主張していることは明白です。そのメッセージとは「私たち自身が、環境問題の危機に瀕しているということ認め、私たち一人一人が可能な限りの変革起こさなければいけない」というものです。

 この序曲を理解する上で重要なのは、メッセージを伝えているグレタの存在を知ることだと思います。彼女は、2010年代において最も存在感のある環境活動家と言ってもいいでしょう。

 グレタの活動は、2018年から始まりました。気候変動に対する政府の無策を批判し、スウェーデンの国会議事堂の前に座る自分の写真をインスタグラムに投稿したのです。「私たち子供はたいてい、大人に「こうしろ」と言われて動くのではなく、大人と同じ行動をするだけです。そして、大人は子供の未来を全然配慮していません。だったら私も遠慮なんかしません。」というキャプションをつけた写真の彼女の足元にはポイ捨てされたタバコの吸い殻があります。当初、このストライキは9月初旬のスウェーデンの総選挙まで続けるという予定でした。しかし、彼女は「どうして止める必要があるのだろうか」という疑問を抱きます。そして、その後も金曜日はストライキを続けるということを決め、これを続行するのです。「#Friday For Future」というムーブメントは次第にSNSを通じて拡散していきます。

 彼女の活躍は、次第に大きなものになっていきます。18年の10月にはヘルシンキで1万人のもの人々の前でスピーチを行いました。19年の4月には英国議会でも演説を行っています。彼女の主張に対して「まだ社会を知らない子供、学校で勉強しろ」と非難する人がいる一方で、多くの大人が彼女の主張の正しさを認め、気候変動に対して何らかのアクションを行う必要があると考えを改めるようになりました。ドイツ首相のアンゲラ・メルケルもその一人です。

 曲は、彼女の気候に対する概ねの主張と言えるでしょう。言葉が伝えていることはまさしく気候変動のこと、そしてそれの解決において私たち自身に行動の変革を要求するものとなっています。彼女の力強い声には、自らの意志を貫徹するという強い決意が感じられます。特に最後の「It is time to rebel」という文言は、私たち自身に訴えるものでありながら、自らに訴えるものとも言えるでしょう。

 

曲の解釈

 以上の説明で、曲が伝えることの大まかな部分は説明できたかと思います。そして、ここまで読んで疑問に思ったことがあるはずです。「グレタの主張はわかる、しかしなぜこのアルバムの序曲にこのスポークン・ワードが選ばれたのか」という疑問です。この曲自体は、アルバムがリリースされる随分と前から先行配信されていました。最初にこの曲を聴いた時は、僕自身も同じような疑問に囚われました。アルバム自体が環境問題に訴えかけるものともいうわけでもないですし、ボーカルのマシュー自身も「どちらかというと内向きのことを表現しているアルバム」だと言っています。では、一体どういうことなのでしょうか。この点に関して自身の考えを述べていきたいともいます。

 まず、このアルバムが前回のアルバムとの連作であるということです。二作合わせて「Music For Cars」となります。この言葉は、彼らがまだバーなどにもいけない思春期の中、車の中でひたすら聴いていた音楽、そうしたルーツを自身の音楽として再現するような作品ということを意味しています。つまり、この四枚目となるアルバムはバンドとしての一つの区切りを示すものとも言えます。ただし、このアルバムを連作と捉えることには違和感があります。なぜなら、三曲目の「The End(Music For Cars)」という楽曲のタイトルが示すように、22曲あるうちの3曲目にして、彼らは「これまでの旅は終わりだ」と告げているからです。

 それを意識して序曲に目を向けた時、序曲のもつ意味が少し変わるような気がするのです。すなわち、それは「新しい時代の到来」と「バンドとしての新たな始まり」をグレタの言葉で表現しているということです。バンドはこれまで様々な社会問題に対して異議を唱えてきました。音楽以外の面で、時には過激とも言えるような言動もありました。その中で、バンドやボーカルのマシューは自らのアクションに対するリアクションを様々なかたちで受け取ってきたはずです。「Nothing revealed/Everything denied」という楽曲では、自らがついてしまった嘘や、周りの人々によって勝手な自己像を形成されてしまうことの複雑さや困難について語っています。そうした揺らぎは誰にでもあることでしょう。SNSが当たり前のように活用される現代において自己のイメージは常に変化の只中に晒されていると言えます。マシューのみならず、私たち一人一人が抱える問題でもあるのです。

 その点において、グレタの態度は貫徹しています。迷いがない。正直に、正しいと思ったことはっきりと彼女は口にします。この彼女の姿勢に、バンドは共感し、彼女のメッセージをアルバムの序曲に据えたのではないでしょうか。すなわち、バンドとしての区切りをつけ正直に自らの心の内を歌うこと。その決意を彼女のスポークン・ワードに置き換えているのです。

 置き換えているからといって、グレタのメッセージが単なる代替として扱われているわけではありません。それ以外にも、彼女の言葉を選んだ理由があると思います。

 グレタ・トゥーンベリは「環境活動家」というイメージで社会に知られていますが、そのイメージを取り除けば、16歳の少女です。環境活動家という一面ばかりが注目され彼女自身がどういう人なのかはあまり取り上げられていません。彼女は場面緘黙症という病を患っています。これは、特定の場所で喋れなくなる不安障害です。彼女は元々内向的なタイプでSNSというツールがなければ、これまでのようなメッセージの発信はできなかったと言っています。

 このことが意味するのは、どんなに大きなことや非常だと言えることをしていても、それを為している主体は一人の人間であり、社会に帰属し、この社会が抱える問題と向き合っている個人だということです。グレタもそうだし、ボーカルのマシューもそうです。彼自身も薬物の問題に悩まされたことがあります。誰もが社会との向き合っていく中で問題を抱えている。そういうことを、グレタという存在を通して暗に伝えていると言えないでしょうか。そして、その内に抱える問題までも正直に吐露するということをこのアルバムはやってのけます。正直に伝えることが、人を救うこともあります。「自分だけが抱える問題ではない」と知ることで、孤独から開放されるのです。そして、そのきっかけの提供は影響力のある人がまず実践すべきなのです。

 序曲自体は歌というよりも一つのメッセージと言えるでしょう。しかし、このメッセージがもつ意味とこのメッセージを序曲に選定したことにこれまで述べてきたような意味があるとは考えられないでしょうか。